2001年【霜月号】
vol.13

 県庁のある東公園一帯は、昔は白砂青松の美しい千代の松原がひろがっていた。そんな風光明媚な海岸も、七二七年前の文永の役では激戦の地となった。蒙古との激しい戦い。外国が攻めて来るという未曾有のできごとに、ひたすらわが国の勝利を祈った二人の人物の銅像が、芝生のひろがる明るい公園の中で、わずかに往時を思い起こさせてくれる。
 亀山上皇と日蓮聖人。どちらも、明治三十七年に完成した銅像だ。
 衣冠束帯姿の亀山上皇像は、高さ四.八四メートル、高村光雲の弟子で、博多出身の彫刻家山崎朝雲が原型を製作し、台座正面に有栖川宮熾仁親王が揮毫した「敵国降伏」の銘板をつけている。
 日蓮聖人像は、亀山上皇像から一五〇メートルほど東にある。左手に立正安国論の巻物、右手に数珠を持ち、潮風に衣の袖を翩翻とひるがえし、海の彼方を睨むかのような鋭い眼光の銅像は、手に持った安国論の長ささへ二メートル以上もあり、背の高さといったら、一〇.五五メートルもある巨大なもので、東公園のメルクマールでもある。
 東京美術学校(現東京芸大)の竹内久一教授が木型原型を製作し、鋳造は頭と手を同校で、胴体は佐賀市の谷川鉄工所で行われた。明治二十七年二月、原型製作に着手してより十年、鎮西身延山本仏寺の佐野日菅上人がこの銅像の建設を発起してからは実に十五年の歳月を費やし、明治三十七年十一月八日、ようやく除幕の慶日を迎えたのである。
 八角形の台座には、アメリカで洋画ことにパノラマ画を学び帰国した矢田一嘯の原画による蒙古襲来のレリーフが、百年の歳月を経てなお重厚な輝きを放ち、正面には「立正安国」の堂々たる文字。ここにはいつも香華が絶えず、お百度を踏む人、レリーフを撫でる人、様々な人の様々な祈りの姿が見られる。そして平和な日々を謳歌するように鳩たちが舞い遊ぶ。

日蓮聖人像(東公園内)
【文 楽】
 秋の深まるこの時期は、こころを潤す「美」のおすすめ。きょうは文楽の美について。
 文楽とは日本の伝統的な人形劇のこと。他の人形芝居と違って、三人で人形を操ります。歌舞伎が役者を楽しむエンターテイメントだとすると、文楽は本筋をじっくり味わう集中型演芸といえるでしょうか。
 絵空事での人形は、怖いほどのリアリティ。そして美しさ。かつて淀川長治さんが、「感覚を磨くためにこれ以上のものはない。文楽は感覚の教科書だ」と、その芸術性を絶賛したほど。
 デリケートな所作や表現は、世の女性のお手本ともいえそうです。
 敷居が高そう‥‥。
 なんて食わず嫌いは、なんともったいないこと。文楽は、思っている以上に分かりやすくて上等なのですよ。

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